これまで何回かにわたってイエス・キリストが処刑された十字架刑(磔刑、たっけい)について書いてきました。
でも、そもそものところ、
と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
ということで今回は、イエスが十字架で死んだ歴史的な証拠として、聖書以外の文献でイエスが十字架で死んだかどうかを記している書物があるかをみていきます。
が、それよりもまずは
と思われる方は、下記の記事を参照ください。
今回の話の流れ(目次)は以下の通り。
目次
聖書以外の文献(古文書)にみるイエスの死
聖書以外の文献であっても後世のものになればなるほど、その歴史的信憑性は薄れてきます。このため、今回はイエスが死んだとされる年代から150年以内の文献に限って話を進めます。
なお、イエスが死んだのは紀元後30年頃とされていますので、紀元後180年以内に書かれた文献のみをみていきます。1
ユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus)
The romanticized woodcut engraving of Flavius Josephus appearing in William Whiston's translation of his works. By William Whiston (originally uploaded by The Man in Question on en.wikipedia.org) - https://sites.google.com/site/josephuspaneas/, Public Domain, Link
聖書以外の文献で、イエスについて記されている最古のものはユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus; 紀元後37-100年頃)が紀元後93年頃に書いた「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」とされています。2
その中に以下の記述があります。
Now there was about this time Jesus, a wise man, if it be lawful to call him a man; for he was a doer of wonderful works, a teacher of such men as receive the truth with pleasure. He drew over to him both many of the Jews and many of the Gentiles. He was [the] Christ. And when Pilate, at the suggestion of the principal men amongst us, had condemned him to the cross, those that loved him at the first did not forsake him; for he appeared to them alive again the third day; as the divine prophets had foretold these and ten thousand other wonderful things concerning him. And the tribe of Christians, so named from him, are not extinct at this day.
私訳で失礼すると
ここに「彼(イエス)はキリストであった」という記述がありますので、ヨセフスはイエスをキリスト(救い主)だと認めるクリスチャンだったように思えます。
しかしながら、彼の他の作品集を見る限り、ヨセフスがクリスチャンだったとは考えにくいため、上記の記述は後世のクリスチャンが書き換えたものとする見方が妥当とされています。3
従って、残念ながら、この「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」の記述をもって、イエスが十字架で死んだとするのは難しいと言えます。
ローマの歴史家タキトゥス(Tacitus)
Modern statue representing Tacitus outside the Austrian Parliament Building By Pe-Jo - Own work, Public Domain, Link
次に紹介するのはローマ時代の歴史家タキトゥス(Tacitus、55年頃―120年頃)が記した「年代記(Annals)」。これは110年頃の作品と言われていますので、イエスの死後80年ほどが経っています。4
その中に以下の文章があります。
Christus, from whom the name had its origin, suffered the extreme penalty during the reign of Tiberius at the hands of one of our procurators, Pontius Pilatus
私訳ですが
しかし、ここには「あの極刑(the extreme penalty)を受けた」としか記されていませんので、十字架刑で死んだかどうかははっきりしません。
風刺詩人サモサタのルキアン(Lucian of Samosata)
タキトゥスよりもう少し後の時代になりますが、2世紀中葉に風刺詩人のモサタのルキアン(Lucian of Samosata、125年頃―180年頃)という人物がいました。
彼は165年頃(イエスの死から約135年後)に以下のように記しています。
they (Christians) still worship, the man who was crucified in Palestine because he introduced this new cult (Christianity) into the world.
引用: Lucian of Samosata, “Lucian of Samosata : The Passing of Peregrinus,” trans. A. M. Harmon, 13.
私訳では
となります。ここには「イエス」という名前は出てきませんが、クリスチャンたちが礼拝の対象として崇めているキリスト教の創始者がはりつけで殺されたことが記されています。
キリスト教の創始者は、先のタキトゥスの記述からキリストであるイエスということが分かりますので、イエスが受けた「極刑=十字架刑(磔刑)」ということが分かります。
アンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch)
Hosios Loukas Monastery, Boeotia, Greece By Anonymous - Chatzidakis. Byzantine Art in Greece, Public Domain, Link
これまでに紹介した三人はクリスチャンではありませんでしたが、それではちょっと不公平(?)な感じもしますので、最後はクリスチャンを一人紹介します。
その名はアンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch、35-108年)。彼は初期のキリスト教の教会内の中心人物の一人で、107-110年にかけてエペソという場所に住むクリスチャンたちに手紙を書いています。5
その手紙の中に以下の内容が含まれています。
Do not err, my brethren. Those that corrupt families shall not inherit the kingdom of God. And if those that corrupt mere human families are condemned to death, how much more shall those suffer everlasting punishment who endeavour to corrupt the church of Christ, for which the Lord Jesus, the only-begotten Son of God, endured the cross, and submitted to death!
私訳すると
聖書に収められていない文献においても、当時のクリスチャンたちはイエスが十字架刑で死んだことを信じていたことが分かります。
まとめ
今回は、イエスが十字架で死んだ歴史的な証拠が存在するかを調べました。特に聖書以外の文献でイエスが十字架で死んだかどうかを記した文書を紹介しました。
年代が新しくなると信憑性も薄くなってきますので、イエスが死んだとされる年代(紀元後30年頃)から150年以内(紀元後180年以内)に書かれた文献に限りました。
まず最初に見たのは、ユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus)が93年頃に記した「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」。これはイエスのことが記されている最古の文献とされています。そして、その中には確かにイエスの十字架刑に関する記述がありました。
が、残念ながら、その内容は後世に手が加えられたもののようで、信憑性は薄いようです。
次に見たのは、110年頃にローマの歴史家タキトゥス(Tacitus)が書いた「年代記(Annals)」。そこにはイエスが「あの極刑(the extreme penalty)」を受けたと記されています。
しかしながら、これだけではイエスが受けた刑罰が十字架刑かどうかの断定はできません。
けれども、165年頃に風刺詩人サモサタのルキアン(Lucian of Samosata)が書いた文書の中にイエスがはりつけで殺されたことが記されていました。従って、
と言ってよいと思います。
なお、タキトゥスもサモサタのルキアンもクリスチャンではありませんので、
と言えると思います。
最後に、クリスチャンが書いた聖書以外の文献においてもイエスが十字架刑で殺されたことが記されていることもみました。
一例として挙げたのは、アンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch)が107-110年頃に書いた書簡(手紙)です。
以上のことから、イエスが30年頃に死んだとすると、
ことになります。これを聞いて、
と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、ここで思い出していただきたいのは、イエスが死んだのは今から2000年ほど前の話。日本では弥生時代です。そもそものところ、
なのです。
しかも、当時の「歴史」はもっぱら政治家や軍人、高位を占める宗教家に関する記録でした。ですから、
そのような古代の歴史家たちの裏事情(?)を考えると、(決して多いとは言えないものの)確かに古代の文献にイエスの処刑方法が記されているということは、非常な驚きであると同時にとても意味深いものであると言えるのではないでしょうか。6
参考文献および注釈
- Blomberg, Craig L. Jesus and the Gospels: An Introduction and Survey. Second edition. Nashville, Tenn.: B & H Academic, 2009.
- Evans, C. A., and R. E. Van Voorst. “JESUS IN NON-CHRISTIAN SOURCES.” Edited by Joel B. Green, Jeannine K. Brown, and Nicholas Perrin. Dictionary of Jesus and the Gospels. Downers Grove, Ill.: IVP Academic, December 2013.
- Ignatius of Antioch. “The Epistle to the Ephesians.” In Ante-Nicene Christian Library, Volume I, edited by Alexander Roberts & James Donaldson, translated by Alexander Roberts and James Donaldson. Edinburgh: T. & T. Clark, 1865. Accessed April 26, 2019. https://en.wikisource.org/wiki/Ante-Nicene_Christian_Library/Epistle_to_the_Ephesians.
- Josephus. “Book XVIII.” In The Antiquities of the Jews, translated by William Whiston. London, New York, and Melbourne: Ward. Lock & Co., Limited, 1879. https://en.wikisource.org/wiki/The_Antiquities_of_the_Jews/Book_XVIII.
- Lucian of Samosata. “Lucian of Samosata : The Passing of Peregrinus.” Translated by A. M. Harmon. Accessed December 21, 2017. http://www.tertullian.org/rpearse/lucian/peregrinus.htm.
- Mason, S. “JOSEPHUS: VALUE FOR NEW TESTAMENT STUDY.” Edited by Craig A. Evans and Stanley E. Porter. Dictionary of New Testament Background. Leicester, England; Downers Grove, Ill: InterVarsity Pr, 2000.
- Tacitus. “The Annals (From the Passing of the Divine Augustus).” Translated by Alfred John Church and William Jackson Brodribb, Translated in 1876. Wikisource. https://en.wikisource.org/wiki/The_Annals_(Tacitus).
- “Ignatius of Antioch & His Letter to the Ephesians.” Ancient History Encyclopedia. Accessed April 26, 2019. https://www.ancient.eu/article/921/ignatius-of-antioch--his-letter-to-the-ephesians/.
- イエスがいつ死んだかについての詳しい議論は、例えば下記を参照。Craig L. Blomberg, Jesus and the Gospels: An Introduction and Survey, second edition. (Nashville, Tenn.: B & H Academic, 2009), 225–226.
- S. Mason, “JOSEPHUS: VALUE FOR NEW TESTAMENT STUDY,” ed. Craig A. Evans and Stanley E. Porter, Dictionary of New Testament Background (Leicester, England; Downers Grove, Ill: InterVarsity Pr, 2000), 597.
- 詳細は下記を参照。Blomberg, Jesus and the Gospels, 434.
- C. A. Evans and R. E. Van Voorst, “JESUS IN NON-CHRISTIAN SOURCES,” ed. Joel B. Green, Jeannine K. Brown, and Nicholas Perrin, Dictionary of Jesus and the Gospels (Downers Grove, Ill.: IVP Academic, December 2013), 416.
- “Ignatius of Antioch & His Letter to the Ephesians,” Ancient History Encyclopedia, accessed April 26, 2019, https://www.ancient.eu/article/921/ignatius-of-antioch--his-letter-to-the-ephesians/.
- Blomberg, Jesus and the Gospels, 435.