これまで「神が共におられた人々」として、イシュマエル、イサク、ヤコブ、ヨセフと紹介してきましたが、彼らは全て聖書の一番最初の書物「創世記」に登場する人たちでした。
今回紹介する「モーセ」が登場する書物は創世記ではなく「出エジプト記」、彼は前回紹介したヨセフの時代から400年ほど経ったエジプトで生まれます(参考:出エジプト記12章40-41節)。
エジプトで生まれた人物が「出エジプト記」に登場する、と聞くと勘の良い読者の皆さんは
と思われるかもしれません。
が、まさにその通り。
言わばイスラエル民族の「エジプト脱出大作戦」の陣頭指揮を執るのがモーセです。
ちなみに、キリスト教関係の映画などで、杖をかざして紅海を真っ二つに割ってしまう髭面の人物を見たことがある方がいらっしゃるかもしれません。が、その髭面の男こそ、今回の主役「モーセ」その人です。
そのモーセが「エジプト脱出大作戦」を指揮するように神様に命じられたときの場面が今回の話の中心となります。
エジプトから逃げ出したモーセ
Finding of Moses By Giambattista Crosato - http://www.italian-art.ru/canvas/17-18_century/c/crosato_giovanni_battista/the_finding_of_moses_2/index.php?lang=en, Public Domain, Link
前回の記事で紹介したヨセフの時代、ヨセフの親戚(正確にはヨセフの父ヤコブの一族)は、それまで住んでいたパレスチナ地方を離れエジプトに移り住みます(出エジプト記1章1節)。1
その時のヤコブの一族は総勢70名でした(1章5節)。
それから約400年の年月が流れ、ヤコブの子孫(イスラエル民族)は非常に数多くなっていました。2
イスラエル民族の数がこれ以上増えると国を乗っ取られるかもしれないと危惧したファラオは、イスラエル民族が反乱を起こす気すらも起こさせないようにと彼らに重労働を課します(11節)。
しかし、苦しめられてもその数が増え続けるイスラエル民族…(12節)
そんなイスラエル民族に対して
イスラエル民族存亡の危機ともいえる過酷な時代、そんなときに生まれたのがモーセでした。3
モーセが生まれたとき、彼の母親は産んだ我が子を殺すことができず、3か月の間、彼をかくまいます(2節)。
しかし、とうとう隠しきれなくなり、防水加工を施したカゴの中にモーセを入れ、ナイル川の岸辺の茂みの中に置きました(3節)。
すると、水浴びをしようとそこを通りかかったファラオの娘がそのカゴを見つけ、中にいたモーセを発見します(5-6節)。
泣き叫ぶ赤子を可哀そうに思った王女は、その子を自分の息子として育てるようになりました(7-10節)。
こうして
ことになります(比較:使徒の働き7章22節)。4
重労働で苦しむイスラエル人とは対照的に、王女の息子として、何不自由なく快適な生活を送っていたであろうモーセ。
そんな彼が40歳になったとき、彼の生活を一変させる出来事が起きます(使徒の働き7章23節)。
ある日、モーセは自分の同族であるイスラエル人の一人がエジプト人によって重労働を課され虐待されているのを見かけました。5
すると彼は、そのイスラエル人を助けようとして、虐待していたエジプト人を殺してしまいます(使徒の働き7章24節)。
そうすることで、
のです(25節)。
ところが、誰一人として、そんなモーセの思いを理解する人はいません(25節)。
理解されるどころか、
身となってしまいます(出エジプト記2章13-15節)。
ある意味、
結果、
そして、ミディアンという場所(シナイ半島の南東側にあるアカバ湾の東岸からアラビヤ砂漠にかけての地域)で、その土地の祭司の娘と結婚して家庭を築くこととなります(16-22節)。
神の与える使命から逃げ出そうとするモーセ
Burning Bush By Sébastien Bourdon - www.oceansbridge.com, Public Domain, Link
エジプトの王女の息子として育てられながらも、40歳のときにエジプトで殺人を犯し、国外逃亡してきたモーセ。
彼はミディアン地方の祭司の娘と結婚し、エジプト人としてでもイスラエル人としてでもなく、ミディアン人としての第二の生活を始めます。6
それから40年の時が流れます(使徒の働き7章30節)。
エジプトの誰もがモーセのことなど忘れてしまい(出エジプト記4章19節)、モーセ自身ももう二度とエジプトには戻ることなくミディアンで一生を終えるだろうと思っていたであろうある日、「事件」は起きました。
その日、モーセはいつもと変わらず、妻の父親の羊の世話をしていました(出エジプト記3章1節)。7
ただ、そのときは、十分な餌を羊たちに食べさせることができなかったのか、ミディアン地方からは遠く離れたホレブという山まで来ていました。8
すると突然、
のです。そして、神様はモーセにある一つの大きな使命をお与えになられました。その使命とは、
というもの (7-9節)。そのために、まずはエジプトのファラオに会いに行くように神様はモーセに命じます(10節)。
とモーセが思うのも当然です(11節)。しかし、そんなモーセに続けて神様はおっしゃるのです。
わたしが、あなたとともにいる。これが、あなたのためのしるしである。このわたしがあなたを遣わすのだ。あなたがこの民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で神に仕えなければならない。【出エジプト記3章12節】
出典:新日本聖書刊行会『聖書 新改訳2017』(いのちのことば社、2017年)〈旧〉102頁9
でも、
残念ながら、その理由は聖書にはっきりと記されてはいません。
客観的にみると、正直、このときのモーセはお世辞にもイスラエルの指導者にふさわしい人物とは言えないと思います。
確かに、モーセは当時のエジプトで最先端の教育は受けていたかもしれません。
しかし、理由はどうあれ、彼は人を一人殺した殺人者です。
新しい土地で自分の家畜を養えるようになるほどの器量や商才もなかった(妻の父親の羊の世話をしていた)ような人物です。
年齢も80歳ですから、決して若くはありません(彼は120歳で亡くなります。参考:申命記34章7節)。
何より、40歳までエジプト人(王女の息子)として育てられた上に、それからの40年間はイスラエル人たちのコミュニティから遠く離れた場所ミディアンで過ごしています。
イスラエル人としての自覚・アイデンティティに乏しいと言わざるを得ません。
当時のイスラエル人なら誰もが
と思いたくなるような人物です。
それでも
訳です。
Israel's Escape from Egypt, illustration from a Bible card published in 1907 By the Providence Lithograph Company - http://thebiblerevival.com/clipart/1907/ex14.jpg, Public Domain, Link
ただ一つ私たちに分かること、それは、
ということです。
実際、神様がモーセに「私があなたと共にいるから大丈夫だ」とおっしゃった(出エジプト記3章12節)にも関わらず、彼はその直後、何度となく神様から与えられた使命を断ろうとします(3章13節、4章1、10、13節)。
のです。
が、しかし、
こうした神様とモーセとの間の一連のやり取りから分かること、それは、
だということ。
先にも書きましたように、モーセという人物は決して指導者としての資質を十分に兼ね備えていた訳ではありません。
それまでの人生で、リーダーとして何か優れた業績を残した訳でもありません。
人格的に優れたカリスマ性を持っていた訳でもありません。10
にもかかわらず、神様はモーセを選ばれたのです。
モーセがただ一つ持っていたもの、それは
です。
はずです。ここに、神様が40歳の頃のモーセにイスラエル民族を救い出すという大きな使命をお与えにならなかった理由があるような気がします。
40歳の頃のモーセは、自分こそが神様の代わりにイスラエル民族を救い出す存在だと自認していました(参考:使徒の働き7章25節)。ある種のおごり高ぶり、傲慢さを持っていた訳です。
そんな彼が(彼なりの正義のためとはいえ)殺人を犯し、誰からも認められず、国を追われ、片田舎で異国人の祭司の娘と結婚し、ごくごく普通の家庭を築くようになった訳です。
そんな生活の中で、モーセには幾つかの気づきが与えられたことでしょう…
ある意味、これ以上、幸せな人生はないのかもしれません。
そんなごくごく普通の日常を送っていたであろうとき、モーセは生まれて初めて神様と個人的に出会う経験をしたのです。
彼が戸惑うのも無理はありません。
でも、
のです。
だということが分かります。
まとめ(モーセと共におられた神)
モーセは幼くして奇跡的にエジプトの王女に助けられ、イスラエル人としではなくエジプトの王女の息子として育てられます。
王女の息子として、何不自由なく快適な生活を送っていたであろうモーセは40歳のある日、イスラエル人を虐待していたエジプト人を殺害してしまいます。
自分こそが神の代理者としてイスラエル民族をエジプトから救い出す存在だと思っていたからです(参考:使徒の働き7章25節)。
ところが、そんな彼のことをエジプト人はもちろん、イスラエル民族さえ理解することはありませんでした。
国外逃亡したモーセは、ミディアンという地域で、その土地の祭司の娘と結婚して家庭を築きます。
第二の人生の始まりです。
それから40年ほどが経ち、80歳となったモーセはある日、生まれて初めて神様と出会う体験をします。
神様はモーセに
ようにお命じになります。
戸惑うモーセに神様は
と告げられます。
両者のやり取りから分かること、それは、
です。そして、
だということです。
私たち人間が神様に対する罪(神様の望んでいないことをすること)を赦され、罪の罰から救われるのは、神の御子イエス様を救い主だと信じ、付き従っていこうとする信仰によってです。
救われるに値しない私たちが神様の恵みによって選ばれ、イエス様を信じる信仰によって救われるのです(参考:エペソ人への手紙1章4-5 節;2章4-9節)
また、
願っていらっしゃいます(参考:マタイの福音書28章18-20節)。
私たちに今、求められていること、それは
ことです(参考:マタイの福音書5章3節;ルカの福音書18章9-14節)。
そうするとき、
のです。
参考文献および注釈
- Chavalas, M. W. “MOSES.” Edited by T. Desmond Alexander and David W. Baker. Dictionary of the Old Testament: Pentateuch. Downers Grove, Ill.: InterVarsity, 2003.
- Enns, Peter. Exodus. The NIV Application Commentary. Grand Rapids, Mich.: Zondervan Publishing House, 2000.
- Kitchen, K. A. “MOSES.” Edited by D. R. W. Wood, I. H. Marshall, A. R. Millard, and J. I. Packer. New Bible Dictionary. Leicester, England ; Downers Grove, Ill: InterVarsity Press, December 1996.
- Klingbeil, G. A. “HISTORICAL CRITICISM.” Edited by T. Desmond Alexander and David W. Baker. Dictionary of the Old Testament: Pentateuch. Downers Grove, Ill.: InterVarsity, 2003.
- Stuart, Douglas K. Exodus. The new American commentary. Nashville, Tenn.: B&H Publishing Group, 2006.
- その次第は創世記37—50章に詳しく書かれています。
- その数は女性と子供を除いた20歳以上の男性だけで約60万人だったとありますので(出エジプト記12章37節;民数記1章45-46節)、女性と子供も含めると軽く200万人を超える大集団となります。その数字の信憑性(解釈の仕方)について、興味のある方は下記を参照。G. A. Klingbeil, “HISTORICAL CRITICISM,” ed. T. Desmond Alexander and David W. Baker, Dictionary of the Old Testament: Pentateuch (Downers Grove, Ill.: InterVarsity, 2003), 407–410.
- モーセの生きた時代については諸説ありますが、エジプトの王ラムセス二世が生きた紀元前13世紀頃とする学者が多いようです。詳細は下記を参照。M. W. Chavalas, “MOSES,” ed. T. Desmond Alexander and David W. Baker, Dictionary of the Old Testament: Pentateuch (Downers Grove, Ill.: InterVarsity, 2003), 572–573.
- ファラオの息子(王子)たちに対しては、宮廷の高官や退役軍人などが家庭教師としてつけられていたようです。このため、それに相当する教育をモーセが受けていたとしても不思議ではありません。K. A. Kitchen, “MOSES,” ed. D. R. W. Wood et al., New Bible Dictionary (Leicester, England ; Downers Grove, Ill: InterVarsity Press, December 1996), 785.
- このときのモーセが自分の生まれたときの話をどこまで知っていたかは分かりませんが、少なくとも彼は自分がエジプト人ではなくイスラエル人であることは知っていたようです。
- ミディアン人は、アブラハムと彼の二番目の妻ケトラとの間に生まれたミディアンという息子の子孫です(創世記25章2節)。従って、アブラハムと彼の最初の妻サラとの間の息子イサクの子孫であるイスラエル人とミディアン人は遠い親戚関係にあります。
- 羊飼いはエジプト人たちの忌み嫌う職業でした(参考:創世記46章34節)。このことからもモーセがエジプト人としての立場を捨てていたことが分かります。また、妻の父親の羊の世話をしていたことから、モーセは80歳になっても未だに自立が出来るほどの財産・権力をもっていないことが分かります。Douglas K. Stuart, Exodus, The new American commentary (Nashville, Tenn.: B&H Publishing Group, 2006), 108.
- ホレブ山(またはシナイ山)の正確な所在は分かっていませんが、ミディアン地方から西方に位置するシナイ半島の荒野を超えたところにある山だと考えられます。羊を連れていくならば、数週間はかかるであろう道のりです。ibid., 109.
- 特に記載のない限り、聖書の引用は「聖書 新改訳2017」によります。
- もちろん、聖書に書かれていないだけで、ミディアンにいた40年間にそのようなリーダーとしての才覚・資質が培われた可能性は否定できません。しかしながら、その事実が記されていないということは、「モーセがリーダーとして選ばれたのはそのような資質・才覚をもっていたからではない」と聖書(出エジプト記)の作者が伝えようとしていると理解できると思います。いずれにしても、聖書の作者の関心事は、モーセがどれほど素晴らしい指導者であったかではなく、神様がモーセを通してどれほど素晴らしいことを成してくださったかにあるのは確かです。