「互いへの心がけと励まし」:2020年11月1日(日)礼拝説教要旨


礼拝説教の要旨です。

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導入

Tokyo Multicultural Church (みんなのためのキリスト教会)では9月6日から「互いに―する」というテーマで説教をしています。これまでにみてきたのは

  • 互いに愛する
  • 互いに属する
  • 互いに受け入れる
  • 互いに仕える
  • 互いに重荷を担う
  • 互いに教え戒める
  • 互いに励ます

といったことでした。個人的には正直、

これらのことを全て皆、十分に実践できているとは言えません。

神様の恵みと憐みが必要です。

それらの勧めに加えて、今日の聖書個所の中のヘブライ人への手紙10章24節には

互いに愛と善行に励むように心がけ【ヘブライ人への手紙10章24節】

出典:日本聖書協会『聖書 聖書協会共同訳-旧約聖書続編付き』(日本聖書協会、2018年)(新)404頁

とあります。今回は、聖書がそのように勧める理由とその勧めを果たすための助けとなるものが何かを共にみていきたいと思います。

大祭司イエスによる永遠の贖い

今日の聖書個所の内容は、それまでのヘブライ人への手紙4章から10章に渡って記されてきた「永遠の大祭司としてのイエス様の御業」が土台となっています。
「永遠の大祭司としてのイエス様の御業」として、重要な点が二つ挙げられます。一つ目は、

大祭司なるイエス様が十字架上で流された血によって、イエス様を信じ従おうとする私たちの罪が赦され、身も心も清くされている

ということ(参照:ヘブライ人への手紙9章11-14節;比較:ヘブライ人への手紙10章21-22節;エゼキエル書36章25-26節)。

旧約聖書の律法には年に一度の「贖いの日」というものが定められていました(参考:レビ記16章)。

その日には大祭司だけが幕屋の中の至聖所に入って、イスラエルの民全体の罪の贖いをするための儀式を行います。その贖いの儀式には雄山羊や雄牛の血が用いられました。

けれども、

「恵みの大祭司」として来られたイエス様がただ一度、聖所に入り、動物の血ではなく御自分の血によって永遠の贖いを成された

と聖書は語ります(参考:ヘブライ人への手紙10章11-18節)。

大祭司イエスによる執り成し

また、

大祭司なるイエス様が十字架上で流された血によって、罪赦された私たちは神様に近づくことができる(聖所に入れる)

ようにもなりました。これがヘブライ人への手紙4-10章に記されていることの二つ目に大事な点です。

ヘブライ人への手紙7章24-25節には、

永遠に生きておられる大祭司イエス様が私たちのために執り成してくださっている

とあります。このイエス様の執り成しのおかげで、私たちは神様に近づくことができ、救いを体験することができるのです(比較:ヘブライ人への手紙7章18-19節)。

大祭司なるイエス様は私たちを罪の滅びから救うため、自らの血を十字架上で流して、永遠の罪の贖いを完成してくださいました。

さらに、その大祭司イエス様の執り成しによって、私たちは神様のもとに大胆に近づくことができるようにもなった訳です。

が、これらは

全てイエス様の御業によるもの

です。

私たち人間の側が成したことは何もありません。

私たち人間にできることがあるとすれば、それは、その

神様の恵みによる救いというプレゼントを受け取るか受け取らないかという決断だけ

です。

神の恵みへの応答

神様の恵みによる救いというプレゼントを受け取るという決断をした人々に対して、

神様を心から信頼して、真心から神様に近づくように

と勧めています(ヘブライ人への手紙10章22節)。また、

大祭司なるイエス様によってもたらされた救いの希望を揺るぎなくしっかり保つように

も勧めています(ヘブライ人への手紙10章23節;参考:ヘブライ人への手紙7章18-19節; 6章18-20節)。なぜなら、

神様は約束を必ず果たす真実なお方

だからと聖書は記します(ヘブライ人への手紙10章23節)。

神様の恵みによる救いというプレゼントを受け取った私たちに対するこれまでの二つの勧めはある意味、神様との個人的な関係に基づくものでした。

対して、三つ目の勧め(ヘブライ10:24-25)は、この神様との個人的な関係に根差した人間関係に関するものとなっています。具体的には

周りの人々を行動の伴った実践的な愛で愛する

ことが求められています(比較:ローマの信徒への手紙12章9-21節)。と同時に、

行動の伴った実践的な愛を示すことができるようにお互いに心がけ、励まし合うように

も勧められています。

結論

今日の聖書個所を通して、聖書が私たちに「互いに愛と善行に励むように心がけ」るように勧めるのは、

私たちが既に神様の恵みによる救いというプレゼントを受け取っている

からです。互いに愛と善行に励むことによって救われるのではありません。もう既に神様の一方的な恵みによって救われているから、神様の無条件の愛を受け取っているから、その

神様の愛と恵みをもって、行動の伴った実践的な愛で互いに愛し合う

ことが求められているのです。それが、神様の恵みによる救いというプレゼントを受け取る決断をした私たちに対して、神様が望まれる生き方です。

その中にはもちろん、

互いに愛すること、

互いに属すること、

互いに受け入れること、

互いに仕えること、

互いに重荷を担うこと、

互いに教え戒めること、

互いに励ますこと

などが含まれます。

と言われても・・・

です。

私たちは誰もが罪深く弱い存在です。

頭ではやるべき、やった方がよいと分かってはいても、実際にそれを行動に移すことがなかなかできない存在です。

でも、だからこそ聖書は、

互いのことを心がけ、励まし合うように

と勧めています。また、人間的な励ましだけでなく、神様からの励ましと動機付けを頂くことも重要です。そのためには、

真心から神様のもとに近づき、神様の愛と恵みを何度となく味わい知る

ことが大切です。それでもなお、

神様の望まれる生き方をするのは簡単なことではありません。

特に、日本ではクリスチャンは少数派です。

このため、周りの人たちと異なる行動をすることで、肩身の狭い思いや生き辛さを感じることがあるかもしれません。

そんなときは是非、

大祭司なるイエス様の御業を思い出してください。
イエス様がもたらしてくださる救いに希望を置いてください。

たとえこの世の誰もあなたのことを正しく理解してくれないと感じることがあったとしても、イエス様はあなたのことを誰よりも理解してくださっています。

たとえこの世の誰からも必要とされていないと感じることがあったとしても、イエス様はあなたのことを誰よりも必要とされています。

たとえこの世の誰からも愛されていないと感じることがあったとしても、イエス様はあなたのことを誰よりも愛しておられます。

イエス様はあなたが今、経験されている悩みや苦しみを全てご存知です。

なぜなら、

イエス様御自身が御自分の人生を通して、この上ない悩みや苦しみを体験なさった

からです。

イエス様はあなたの弱さを理解し、あなたの悩みや苦しみに寄り添ってくださるお方

です(ヘブライ人への手紙2章18節; 4章15節)。

イエス様はあなたと共に生きるため、あなたのために十字架に架かり、死んでよみがえってくださった

のです(テサロニケの信徒への手紙一5章10節)。

この救いの希望をもって、神様・イエス様から励ましを受けつつ、お互いのことを心がけ、励まし合うことができますように。

参考文献および注釈

  • Ellingworth, Paul. The Epistle to the Hebrews. The New International Greek Testament Commentary. Grand Rapids, Mich. : Carlisle England: Wm. B. Eerdmans Publishing Co., 1993.
  • Guthrie, George H. Hebrews. The NIV Application Commentary. Grand Rapids, Mich.: Zondervan, 1998.
  • O’Brien, Peter T. The Letter to the Hebrews. The Pillar New Testament Commentary. Grand Rapids, Mich. : Nottingham, England: Eerdmans, 2010.
  1. 特に記載がない限り、聖書の引用は日本聖書協会『聖書 聖書協会共同訳』による。
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