イエス・キリストは本当に十字架で死んだ?歴史的証拠は?聖書以外で証明可能?

これまで何回かにわたってイエス・キリストが処刑された十字架刑(磔刑、たっけい)について書いてきました。

イエス・キリストはなぜ死んだのか?①―死刑(十字架刑)の方法とその死因―
「なぜイエス・キリストは十字架で死んだのか」について考える三部作シリーズの一つ目。紀元前一世紀の哲学者キケロが「最も残酷で屈辱的な処罰」と記した十字架刑、その処刑方法と死因に迫ります。
イエス・キリストはなぜ死んだのか?②―十字架の政治的・ユダヤ教的理由―
「なぜイエス・キリストは十字架で死んだのか」について考える三部作シリーズの二つ目。当時の政治的・宗教的指導者がイエスを処刑した理由は何か。「表向きの理由」の背後には、隠された「本当の理由」があったのかを考察・検証します。
イエス・キリストはなぜ死んだのか?③―十字架のキリスト教的理由・意味―
「なぜイエス・キリストは十字架で死んだのか」について考える三部作シリーズの三つ目。無実の罪を背負わされ十字架刑に処されたイエス。しかしそれは、神が自らの「正義」と「愛」を追求したが故の結果だと聖書は語ります。その意味するところは一体何かをひも解きます。
イエス・キリストの十字架刑(磔刑)はどんな処刑方法?どれほどの痛み・苦しみ?
十字架はアクセサリーにもよく使われていますが、実は昔の死刑執行の道具だったことをご存知の方は少ないかもしれません。今回はイエス・キリストが処刑された十字架刑(磔刑、たっけい)とはどのような処刑方法だったのか、その主な目的とは何だったのかを紹介します。
死因は良く分からないって本当?イエス・キリストの十字架刑(磔刑)の真相
窒息、出血多量、ショック死、心不全・心臓麻痺、不整脈、失神などなど、十字架刑の死因は一つでなく色々な可能性が考えられる!?今回は、十字架刑によってどのようにして人が死に至るのかを紹介しつつ、なぜ死因の特定が難しいのか、その理由も考えます。

でも、そもそものところ、

イエスって本当に十字架で死んだの?歴史的な証拠はあるの?

と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

ということで今回は、イエスが十字架で死んだ歴史的な証拠として、聖書以外の文献でイエスが十字架で死んだかどうかを記している書物があるかをみていきます。

が、それよりもまずは

イエスは本当に実在したの?

と思われる方は、下記の記事を参照ください。

イエス・キリストは実在したのか?証拠は?聖書以外で証明できる?
世界で最も信者数が多いキリスト教の創始者・開祖「イエス・キリストは実在したのか?」について考える内容。特に、イエスが死んだとされる年代から100年以内に書かれた聖書以外の文献(古文書)で、イエスが実在したことを証明するものがあるかをみていきます。

今回の話の流れ(目次)は以下の通り。

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聖書以外の文献(古文書)にみるイエスの死

聖書以外の文献であっても後世のものになればなるほど、その歴史的信憑性は薄れてきます。このため、今回はイエスが死んだとされる年代から150年以内の文献に限って話を進めます。

なお、イエスが死んだのは紀元後30年頃とされていますので、紀元後180年以内に書かれた文献のみをみていきます。1

ユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus)

The romanticized woodcut engraving of Flavius Josephus appearing in William Whiston's translation of his works. By William Whiston (originally uploaded by The Man in Question on en.wikipedia.org) - https://sites.google.com/site/josephuspaneas/, Public Domain, Link

聖書以外の文献で、イエスについて記されている最古のものはユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus; 紀元後37-100年頃)が紀元後93年頃に書いた「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」とされています。2

その中に以下の記述があります。

Now there was about this time Jesus, a wise man, if it be lawful to call him a man; for he was a doer of wonderful works, a teacher of such men as receive the truth with pleasure. He drew over to him both many of the Jews and many of the Gentiles. He was [the] Christ. And when Pilate, at the suggestion of the principal men amongst us, had condemned him to the cross, those that loved him at the first did not forsake him; for he appeared to them alive again the third day; as the divine prophets had foretold these and ten thousand other wonderful things concerning him. And the tribe of Christians, so named from him, are not extinct at this day.

引用: Josephus, “Book XVIII,” in The Antiquities of the Jews, trans. William Whiston (London, New York, and Melbourne: Ward. Lock & Co., Limited, 1879), 474.

私訳で失礼すると

「さて、この頃、イエスという知恵に富んだ人がいた。しかし、彼を人と呼ぶのが適当かどうかは分からない。なぜなら彼は、喜びをもって真理を悟った教師にふさわしく、素晴しいことをたくさん行ったからである。イエスのもとにはユダヤ人と共に異邦人(非ユダヤ人)も数多く集まった。彼はキリストであった。私たちの(ユダヤ人)指導者たちの訴えによって、ピラトが彼を十字架につけたとき、彼を愛していた者たちは彼を見捨てることはなかった。彼が(死んで)三日目に生き返り、彼らのもとに現れたからである。これらのこと、およびそれ以外のイエスに関する非常に多くの素晴しい出来事は、神の預言者たちが予め告げ知らせていたことである。そして、彼にちなんでクリスチャンと呼ばれた集団は現在に至るまで途絶えてはいない。」

ここに「彼(イエス)はキリストであった」という記述がありますので、ヨセフスはイエスをキリスト(救い主)だと認めるクリスチャンだったように思えます。

しかしながら、彼の他の作品集を見る限り、ヨセフスがクリスチャンだったとは考えにくいため、上記の記述は後世のクリスチャンが書き換えたものとする見方が妥当とされています。3

従って、残念ながら、この「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」の記述をもって、イエスが十字架で死んだとするのは難しいと言えます。

ローマの歴史家タキトゥス(Tacitus)

Modern statue representing Tacitus outside the Austrian Parliament Building By Pe-Jo - Own work, Public Domain, Link

次に紹介するのはローマ時代の歴史家タキトゥス(Tacitus、55年頃―120年頃)が記した「年代記(Annals)」。これは110年頃の作品と言われていますので、イエスの死後80年ほどが経っています。4

その中に以下の文章があります。

Christus, from whom the name had its origin, suffered the extreme penalty during the reign of Tiberius at the hands of one of our procurators, Pontius Pilatus

引用: Tacitus, “The Annals (From the Passing of the Divine Augustus),” trans. Alfred John Church and William Jackson Brodribb, Translated in 1876, 15. 44.

私訳ですが

その(クリスチャンという)名前の由来となっているクリストゥス(訳注:キリストに同じ)は、ティベリウス帝の治世時、我らが長官の一人ポンティウス・ピラトゥス(訳注:ポンテオ・ピラトに同じ)の手によってあの極刑を受けた。

しかし、ここには「あの極刑(the extreme penalty)を受けた」としか記されていませんので、十字架刑で死んだかどうかははっきりしません。

風刺詩人サモサタのルキアン(Lucian of Samosata)

タキトゥスよりもう少し後の時代になりますが、2世紀中葉に風刺詩人のモサタのルキアン(Lucian of Samosata、125年頃―180年頃)という人物がいました。

彼は165年頃(イエスの死から約135年後)に以下のように記しています。

they (Christians) still worship, the man who was crucified in Palestine because he introduced this new cult (Christianity) into the world.

引用: Lucian of Samosata, “Lucian of Samosata : The Passing of Peregrinus,” trans. A. M. Harmon, 13.

私訳では

彼ら(クリスチャンたち)はパレスティナではりつけにされたその男を未だに崇拝している。それは彼がこの宗教(キリスト教)を世にもたらしたからだ。

となります。ここには「イエス」という名前は出てきませんが、クリスチャンたちが礼拝の対象として崇めているキリスト教の創始者がはりつけで殺されたことが記されています。

キリスト教の創始者は、先のタキトゥスの記述からキリストであるイエスということが分かりますので、イエスが受けた「極刑=十字架刑(磔刑)」ということが分かります。

アンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch)

Hosios Loukas Monastery, Boeotia, Greece By Anonymous - Chatzidakis. Byzantine Art in Greece, Public Domain, Link

これまでに紹介した三人はクリスチャンではありませんでしたが、それではちょっと不公平(?)な感じもしますので、最後はクリスチャンを一人紹介します。

その名はアンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch、35-108年)。彼は初期のキリスト教の教会内の中心人物の一人で、107-110年にかけてエペソという場所に住むクリスチャンたちに手紙を書いています5

その手紙の中に以下の内容が含まれています。

Do not err, my brethren. Those that corrupt families shall not inherit the kingdom of God. And if those that corrupt mere human families are condemned to death, how much more shall those suffer everlasting punishment who endeavour to corrupt the church of Christ, for which the Lord Jesus, the only-begotten Son of God, endured the cross, and submitted to death!

引用: Ignatius of Antioch, “The Epistle to the Ephesians,” in Ante-Nicene Christian Library, Volume I, ed. Alexander Roberts & James Donaldson, trans. Alexander Roberts and James Donaldson (Edinburgh: T. & T. Clark, 1865), 16.

私訳すると

兄弟たちよ、思い違いをしてはいけません。家族を堕落させる人たちは神の国を相続できません。普通の人間の家族を堕落させる人たちが死を免れないとすればなおさら、キリストの教会を堕落させようとする人たちは永遠の刑罰に苦しむことになるでしょう。神のひとり子なる主イエスは、キリストの教会のために十字架に耐え、その身を死に渡されたのです。

聖書に収められていない文献においても、当時のクリスチャンたちはイエスが十字架刑で死んだことを信じていたことが分かります。

まとめ

今回は、イエスが十字架で死んだ歴史的な証拠が存在するかを調べました。特に聖書以外の文献でイエスが十字架で死んだかどうかを記した文書を紹介しました。

年代が新しくなると信憑性も薄くなってきますので、イエスが死んだとされる年代(紀元後30年頃)から150年以内(紀元後180年以内)に書かれた文献に限りました。

まず最初に見たのは、ユダヤ人の歴史家ヨセフス(Josephus)が93年頃に記した「ユダヤ古代史(The Antiquities of the Jews)」。これはイエスのことが記されている最古の文献とされています。そして、その中には確かにイエスの十字架刑に関する記述がありました。

が、残念ながら、その内容は後世に手が加えられたもののようで、信憑性は薄いようです。

次に見たのは、110年頃にローマの歴史家タキトゥス(Tacitus)が書いた「年代記(Annals)」。そこにはイエスが「あの極刑(the extreme penalty)」を受けたと記されています。

しかしながら、これだけではイエスが受けた刑罰が十字架刑かどうかの断定はできません

けれども、165年頃に風刺詩人サモサタのルキアン(Lucian of Samosata)が書いた文書の中にイエスがはりつけで殺されたことが記されていました。従って、

イエスが十字架刑で死んだことは2世紀頃の人々にとっては周知の事実だった

と言ってよいと思います。

なお、タキトゥスもサモサタのルキアンもクリスチャンではありませんので、

イエスが十字架刑で殺されたことは初期のクリスチャンたちの作り話ではない

と言えると思います。

最後に、クリスチャンが書いた聖書以外の文献においてもイエスが十字架刑で殺されたことが記されていることもみました。

一例として挙げたのは、アンティオキアのイグナティオス(Ignatius of Antioch)が107-110年頃に書いた書簡(手紙)です。

以上のことから、イエスが30年頃に死んだとすると、

イエスが十字架刑で亡くなったことが記されている聖書以外の文献は一番早いものでもイエスの死後から80年ほどが経っている

ことになります。これを聞いて、

なんだ、イエスが死んでから結構年数が経っているから、それほど信憑性は高くないな

と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

しかし、ここで思い出していただきたいのは、イエスが死んだのは今から2000年ほど前の話。日本では弥生時代です。そもそものところ、

2000年も前の時代の記録が文書によって残されているのが凄いこと

なのです。

しかも、当時の「歴史」はもっぱら政治家や軍人、高位を占める宗教家に関する記録でした。ですから、

古代の歴史家たちがまだそれほど有名ではなかったイエスについて、しかもその処刑方法についても記しているというのはかなり異例な事です。よほどの理由があったからに違いありません。

そのような古代の歴史家たちの裏事情(?)を考えると、(決して多いとは言えないものの)確かに古代の文献にイエスの処刑方法が記されているということは、非常な驚きであると同時にとても意味深いものであると言えるのではないでしょうか。6

参考文献および注釈

  • Blomberg, Craig L. Jesus and the Gospels: An Introduction and Survey. Second edition. Nashville, Tenn.: B & H Academic, 2009.
  • Evans, C. A., and R. E. Van Voorst. “JESUS IN NON-CHRISTIAN SOURCES.” Edited by Joel B. Green, Jeannine K. Brown, and Nicholas Perrin. Dictionary of Jesus and the Gospels. Downers Grove, Ill.: IVP Academic, December 2013.
  • Ignatius of Antioch. “The Epistle to the Ephesians.” In Ante-Nicene Christian Library, Volume I, edited by Alexander Roberts & James Donaldson, translated by Alexander Roberts and James Donaldson. Edinburgh: T. & T. Clark, 1865. Accessed April 26, 2019. https://en.wikisource.org/wiki/Ante-Nicene_Christian_Library/Epistle_to_the_Ephesians.
  • Josephus. “Book XVIII.” In The Antiquities of the Jews, translated by William Whiston. London, New York, and Melbourne: Ward. Lock & Co., Limited, 1879. https://en.wikisource.org/wiki/The_Antiquities_of_the_Jews/Book_XVIII.
  • Lucian of Samosata. “Lucian of Samosata : The Passing of Peregrinus.” Translated by A. M. Harmon. Accessed December 21, 2017. http://www.tertullian.org/rpearse/lucian/peregrinus.htm.
  • Mason, S. “JOSEPHUS: VALUE FOR NEW TESTAMENT STUDY.” Edited by Craig A. Evans and Stanley E. Porter. Dictionary of New Testament Background. Leicester, England; Downers Grove, Ill: InterVarsity Pr, 2000.
  • Tacitus. “The Annals (From the Passing of the Divine Augustus).” Translated by Alfred John Church and William Jackson Brodribb, Translated in 1876. Wikisource. https://en.wikisource.org/wiki/The_Annals_(Tacitus).
  • “Ignatius of Antioch & His Letter to the Ephesians.” Ancient History Encyclopedia. Accessed April 26, 2019. https://www.ancient.eu/article/921/ignatius-of-antioch--his-letter-to-the-ephesians/.
  1. イエスがいつ死んだかについての詳しい議論は、例えば下記を参照。Craig L. Blomberg, Jesus and the Gospels: An Introduction and Survey, second edition. (Nashville, Tenn.: B & H Academic, 2009), 225–226.
  2. S. Mason, “JOSEPHUS: VALUE FOR NEW TESTAMENT STUDY,” ed. Craig A. Evans and Stanley E. Porter, Dictionary of New Testament Background (Leicester, England; Downers Grove, Ill: InterVarsity Pr, 2000), 597.
  3. 詳細は下記を参照。Blomberg, Jesus and the Gospels, 434.
  4. C. A. Evans and R. E. Van Voorst, “JESUS IN NON-CHRISTIAN SOURCES,” ed. Joel B. Green, Jeannine K. Brown, and Nicholas Perrin, Dictionary of Jesus and the Gospels (Downers Grove, Ill.: IVP Academic, December 2013), 416.
  5. “Ignatius of Antioch & His Letter to the Ephesians,” Ancient History Encyclopedia, accessed April 26, 2019, https://www.ancient.eu/article/921/ignatius-of-antioch--his-letter-to-the-ephesians/.
  6. Blomberg, Jesus and the Gospels, 435.
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